神楽坂のシステムやさん通信

シャチ絵文字(U+1FACD)がUnicodeに採用されるまで — 1文字のために世界が動いた9年越しの軌跡

うぱるぱ tech
シャチ絵文字(U+1FACD)がUnicodeに採用されるまで — 1文字のために世界が動いた9年越しの軌跡

私はシャチが好きである。なので、クジラ(🐋)やイルカ(🐬)の絵文字はあるのにシャチがないことを残念に思っていた。
しかし最近、iOS 26.4からシャチの絵文字が追加されるというニュースを目にした[1]。絵文字はApple独自のものではなくUnicodeという国際標準で定められているはずだから、これはもっと大きな話のはずだ — そう思って調べてみた。

すると見えてきたのは、新しいシャチの絵文字 🫍 の裏にある、9年にわたって世界各地の人々がUnicode標準への採用を求め続けた物語だった。

シャチ絵文字の基本情報

項目内容
コードポイントU+1FACD
名称ORCA
収録ブロックSymbols and Pictographs Extended-A
標準バージョンUnicode 17.0 / Emoji 17.0
リリース日2025年9月9日

この絵文字は単独の新規コードポイントとして追加された[2]。既存の絵文字を組み合わせて表現するのではなく、U+1FACD という固有のコードが割り当てられている。

2016年〜2017年 — 世界各地から湧き上がった声

シャチ絵文字の物語は、正式な提案よりもずっと前に、しかも別々の場所で始まっている。

2016年8月、アイスランドの Jökull Ingi Þorvaldsson がChange.orgで「Make a Killer Whale Emoji」というオンライン署名活動を開始した[4]。Appleに対してシャチの絵文字を作るよう求めるこの署名には39名が賛同した。

翌2017年2月、ドイツのUnicodeコントリビューターである Christoph Päper が、GitHubのUnicode提案トラッカー(Crissov/unicode-proposals)に「Orca emoji」のissueを立てた[3]。クジラ(🐋)やイルカ(🐬)の絵文字は存在するのに、シャチがないのはおかしい — そんな問題提起だった。このissueには前述のChange.org署名へのリンクも添えられていた。

声は上がった。しかし声だけでは絵文字は生まれない。Unicode Consortiumに正式な提案書を提出する必要がある。

2019年2月 — 3人目が動く

2019年、この想いを1本の提案書に変えた人物がいる。スペインの開発者、Marcos Del Sol Vives[5]

2月20日、MarcosはUnicode Consortiumの絵文字小委員会(Emoji Subcommittee、以下ESC)にシャチ絵文字の提案を送った。アイスランドのJökull、ドイツのChristophとは面識のない、独立した3人目の人物だった。

さらに2020年9月、ドイツの Lukas Ewert が、これらの動きとは別にChange.org署名「Make Orcas an Emoji」を立ち上げ、356名の賛同を集めている[15]

世界各地の、互いに知らない人々が独立して同じことを求めていた。シャチの絵文字がほしい、と。

Marcosの提案書には、Unicode Consortiumが求めるフォーマットに従った説得力のある内容が含まれていた[6]

検索人気度の比較

Bingでの検索トレンドを使い、「orca」の検索人気度が「elephant(象)」とほぼ同等であることを示した。象にはすでに絵文字(🐘)があるのに、シャチにはない — この不均衡を数字で可視化した。

既存の絵文字では代替できない

Unicode の提案審査には「除外要因」という項目があり、提案者はなぜ除外すべきでないかを自ら論証する必要がある。Marcosの提案書はこれに対して明快だった[6]

「既存の絵文字で代用できるのでは?」— できない。シャチは「キラーホエール」と呼ばれるが科学的にはイルカの仲間であり、クジラとは外見がかなり異なる。「特殊すぎるのでは?」— フグ、コオロギ、白鳥といった動物がすでに絵文字になっている以上、シャチが特殊すぎるとは言えない。「一時的な流行では?」— シャチは約1,100万年前から地球にいる、と提案書は答えている。

サンプル画像の添付

Unicode Consortiumの規定に従い、18x18ピクセルと72x72ピクセルのサンプル画像を白黒・カラーの両方で用意した。

2019年〜2023年 — 閉ざされた門

しかし、ここからMarcosの提案は長い待ち時間に入る。

提案は2019年に送られた。しかし、正式な提案書番号 L2/24-249 がUnicode文書レジストリに登録されたのは 2024年 のことだった[6]。2019年のDocument Registerにシャチ関連の文書は一件も存在しない[7]

この5年間、何が起きていたのか。調べていくと、単なる「放置」ではない、Unicode側の意図的な判断が見えてきた。

一度付けたら消せない — Unicodeの鉄の掟

まず前提として、Unicodeには 不変性(Stability Policy) という絶対的なルールがある[17]

Once a character is encoded, it will not be moved or removed. (一度エンコードされた文字は、移動も削除もされない)

つまり、一度コードポイントを割り当てたら、それは人類がこの標準を使い続ける限り永久に残る。間違いがあっても取り消せない。この鉄の掟が、絵文字の追加に対する慎重さの根本にある。

戦略的休止 — 「量より質」への転換

2020年、COVID-19の影響でUnicode 14.0のリリースが6ヶ月延期された[2]。そして2022年秋、UTC(Unicode Technical Committee)はUnicode 15.1を限定的なリリースにすると発表した。

ESCの議長 Jennifer Daniel は、この状況を「機会」と捉えた。彼女が2023年1月に発表したブログ記事「Breaking the Cycle(循環を断ち切る)」[18]には、こう書かれている。

emoji categories are about to hit or have hit a level of saturation. (絵文字のカテゴリは飽和に達しつつある、あるいは既に達している)

the ESC approves fewer and fewer emoji proposals every year. (ESCは年々、承認する絵文字提案を減らしている)

ESCはこの休止期間を使い、スキントーン(肌の色)のバリエーション統一、家族絵文字の再設計、書字方向の対応といった積年の課題に取り組んだ。そして Unicode 17.0の提案受付を2024年4月まで一時的に遅らせる と決めた[18]

これは怠慢による停止ではなく、絵文字の追加プロセスそのものを再定義するための 意図的な休止 だった。

門の前で待つMarcosの提案

シャチ絵文字が「却下」された記録は見つからない。Charlotte Buffが管理する却下済み絵文字提案リストにも掲載されていない[10]。Unicode公式の非承認通知アーカイブにも見当たらない[11]

Marcosの提案は否定されたのではない。門が閉まっていたのだ。

2024年 — 門が開く

2024年4月2日、新しいガイドラインとともに提案受付が再開された[8]。ESCの議長Jennifer Danielもこの再開を告知している[9]

門が開いたとき、2019年からずっと待っていたMarcosの提案はようやく正式な文書番号 L2/24-249 を得た[6]。同年11月、ESCが164個の新絵文字候補をUTC に提案し、シャチもその中に含まれていた[12]。164個の内訳は、新規コードポイント9個と既存絵文字のスキントーンバリエーション約155個。最終的に新規コードポイントのうち「りんごの芯(Apple Core)」1個が取り下げられ、残りの163個がEmoji 17.0として承認された。

なお、Emoji 17.0の候補に対するPublic Review Issue(PRI #515)では、反対意見は寄せられなかった[16]

2025年9月9日 — 正式採用

Unicode 17.0 / Emoji 17.0の一部として、シャチ絵文字は正式に承認された[2]。最初のオンライン署名から約9年、Marcosの提案からでも約6年半

提案者のMarcos自身は、この経緯の詳細を公には多く語っていない。自身のサイト orca.pet には、提案の事実と採用の事実が簡潔に記録されているのみだ[5]

Unicodeの承認プロセス — オープン、しかし慎重

Unicodeの絵文字承認プロセスは、透明性が高い設計になっている[13]

  1. 提案の提出: 誰でも絵文字の提案書を提出できる
  2. ESCでの審査: 絵文字小委員会が提案を評価し、UTCに推薦するかを判断する
  3. UTCでの審議: 技術委員会で議論される。議事録も公開されている
  4. ドラフト候補リストの公開: 正式承認前に候補リストが公開され、Public Review Issue(PRI)として一般からのフィードバックを受け付ける。寄せられたフィードバックは公開される[16]
  5. 正式リリース: Unicode標準の新バージョンとしてリリースされる

提案書はすべてunicode.orgでPDFとして公開されており、誰でも読むことができる[6]

一度割り当てたコードポイントは永久に消せないという不変性の掟がある以上、この慎重さには理由がある。シャチの事例が示すように、提案から採用まで数年かかることは珍しくない。しかしそれは、怠慢ではなく、世界中で永久に使われる標準を定めることの重さの表れでもある。

各プラットフォームの対応状況(2026年3月時点)

プラットフォーム対応状況
Google Noto Color Emoji対応済み(v2.051、2025年9月12日リリース)[14]
Apple(iOS / macOS)iOS 26.4 / macOS 26.4 ベータで対応中。正式版は2026年3〜4月予定[1]
X(旧Twitter)対応済み(Twemoji v17.0)
Microsoft(Windows)未対応。2026年3月時点でEmoji 16.0に対応したばかり

Unicodeがコードポイントと意味を定めるが、実際の見た目は各プラットフォーム(Apple、Google、Samsung等)がそれぞれ独自にデザインする。同じ U+1FACD でも、iPhoneとAndroidでは見た目が異なるのはそのためだ。

Noto Color Emoji で表示テスト

この記事では、Google の Noto Color Emoji フォントを読み込んで、新しいシャチ絵文字の表示をテストしている。

🫍

お使いのブラウザやOSがUnicode 17.0の絵文字に対応していない場合でも、Noto Color Emojiフォントを通じて表示されるはずだ。上に大きなシャチが見えていれば成功である。

まとめ

  • シャチ絵文字(🫍)は、アイスランド、ドイツ、スペインと世界各地の独立した声から始まり、9年かけてUnicode標準に採用された
  • 提案者の Marcos Del Sol Vives さんは、検索データや比較論証を駆使した提案書を作成した
  • 5年間の空白は「放置」ではなく、Unicodeが絵文字の飽和に向き合い、追加プロセスを再定義するための戦略的休止だった
  • Unicodeの絵文字承認プロセスは透明性が高いが、不変性という鉄の掟ゆえに慎重さが求められる

普段何気なく使っている絵文字の一つひとつに、こうした物語がある。そしてその物語は、華々しい成功譚ではなく、忍耐と偶然の積み重ねであることが多いのかもしれない。

参考文献

  1. iPhone Mania, "iOS26.4で利用可能になる新絵文字のデザインが明らかに!" 2026年3月10日. https://iphone-mania.jp/ios-600850/
  2. The Unicode Blog, "Unicode 17.0 Release Announcement," 2025年9月9日. http://blog.unicode.org/2025/09/unicode-170-release-announcement.html
  3. Crissov/unicode-proposals, "Issue #103: Orca emoji," GitHub, 2017年2月5日. https://github.com/Crissov/unicode-proposals/issues/103
  4. Jökull Ingi Þorvaldsson, "Make a Killer Whale Emoji," Change.org, 2016年8月. https://www.change.org/p/apple-make-a-killer-whale-emoji-in-apple-s-emoji-board
  5. Marcos Del Sol Vives, "Orca emoji," orca.pet. https://orca.pet/emoji/
  6. Marcos Del Sol Vives, "Proposal for Orca Emoji," Unicode Document L2/24-249, 2024年. https://www.unicode.org/L2/L2024/24249-orca-emoji.pdf
  7. The Unicode Consortium, "UTC Document Register — 2019." https://www.unicode.org/L2/L2019/Register-2019.html
  8. The Unicode Blog, "Emoji Submissions Intake Process Re-opening," 2024年3月. http://blog.unicode.org/2024/03/emoji-submissions-intake-process-re.html
  9. Jennifer Daniel, "Emoji submissions re-opening," Substack. https://jenniferdaniel.substack.com/p/emoji-submissions-re-opening-april
  10. Charlotte Buff, "Rejected Emoji Proposals." https://charlottebuff.com/unicode/misc/rejected-emoji-proposals/
  11. The Unicode Consortium, "Archive of Notices of Non-Approval." https://www.unicode.org/alloc/nonapprovals.html
  12. Emojipedia Blog, "What's New In Unicode 17.0." https://blog.emojipedia.org/whats-new-in-unicode-17-0/
  13. The Unicode Consortium, "Submitting Emoji Proposals." https://unicode.org/emoji/proposals.html
  14. Emojipedia Blog, "Google Debuts Emoji 17.0 Support." https://blog.emojipedia.org/google-debuts-emoji-17-0-support/
  15. Lukas Ewert, "Make Orcas an Emoji," Change.org, 2020年9月. https://www.change.org/p/apple-make-orcas-an-emoji
  16. The Unicode Consortium, "PRI #515: Unicode Emoji 17.0 Alpha Repertoire." https://www.unicode.org/review/pri515/
  17. The Unicode Consortium, "Unicode Character Encoding Stability Policies." https://www.unicode.org/policies/stability_policy.html
  18. Jennifer Daniel, "Breaking the Cycle," The Unicode Blog, 2024年3月8日(初出: 2023年1月17日). http://blog.unicode.org/2024/03/breaking-cycle.html